初期の歩みと影響
ダヤニータ・シン(Dayanita Singh、1961年生まれ)は、インド・ニューデリーを拠点とする写真家です。1986年にアーメダバードの国立デザイン研究所でビジュアルコミュニケーションを学び、最終プロジェクトとして著名なタブラ奏者ザキール・フセインを追った写真集『Zakir Hussain』を制作しました。その後、ニューヨークの国際写真センターでフォトジャーナリズムとドキュメンタリーフォトグラフィーを学び、帰国後にはヒジュラコミュニティの写真を撮影する中でモナ・アーメッドと出会い、生涯の友となりました。
写真集と展覧会の革新者
ダヤニータ・シンの作品は1989年から多くの国際的な出版物に掲載され、2001年にはロンドンのフリーストリートギャラリーで開催された初の国際的に評価された展覧会「Empty Spaces」が注目を集めました。その後、彼女は写真集の境界を模索し、作品の展示方法を革新しました。『Go Away Closer』(2007年)や『Blue Books』(2008年)など、数々の写真集を発表し、特に『Museum Bhavan』(2017年)は9つの巻とテキストで構成され、各巻が独自の博物館となっています。2022年には、ハッセルブラッド財団の賞を受賞し、スウェーデンのイェーテボリで展覧会が開催されました。
アーカイブと写真の融合
シンの作品は、アーカイブとその管理者たちの生活を探ることに重きを置いています。『File Room』(2010年)はデジタル時代の紙へのレクイエムとして、インドの裁判所や政府機関の膨大な紙の山を撮影し、記憶と歴史の問題を浮き彫りにしています。また、シンの「モバイルミュージアム」は、写真を編集、再配列、アーカイブし、展示する新しい方法を提供し、観客を積極的に参加させます。これにより、写真が持つ詩的で物語的な可能性が広がり、物理的な触覚体験を通じて写真との親密な関係を築くことができます。
おすすめの写真集
Dayanita Singh: Zakir Hussain Maquette
- 特徴:
『Zakir Hussain Maquette』は、ダヤニータ・シンが写真、出版、展示、博物館の新しい関係を探求する主要な媒体としての書籍の可能性を示した作品です。この作品は、彼女がグラフィックデザインの学生として初めて取り組んだプロジェクトで、手作りの模型として1986年に制作されました。主人公はインドのクラシックタブラの名手、ザキール・フセインで、彼の舞台上や家庭での姿が収められています。この本はシンの最初の作品であり、彼女が後に有名な写真集作家となる道筋を示しています。 - 見どころ:
このシュタイデル版のファクシミリは、シンのオリジナルの模型からスキャンされ、その「不完全さ」や独特な特徴、シンが書き込んだ鉛筆のメモまで忠実に再現しています。写真には、シッターたちとのインタビューから得た手書きのテキストが添えられており、フセイン自身の洞察も含まれています。シャンネイ・ジャベリの随伴エッセイでは、シンがどのように直感的にこの本を組み立てたかが議論されています。この作品は、シンの直感と創造力が如何にして彼女を影響力のある写真集作家へと導いたかを示しています。
Dayanita Singh: Time Measures
- 特徴:
『Time Measures』は、ダヤニータ・シンがインドのアーカイブにある魅力的な布の束を初めてポートレートとして撮影した作品です。従来の作品『Pothi Khana』が布の束をその環境内で描写するのに対し、『Time Measures』はそれらを個別に中立的な石の背景に対してクローズアップで撮影しています。これにより、布の束の独特な色あせたパターンや形、結び目の詳細が明らかにされ、その魅力が一層引き立ちます。 - 見どころ:
『Time Measures』は三種類の異なるカバーで装丁され、壁に直接掛けるようにデザインされています。この作品は、シンが書籍を展示物へと変えるプロジェクトを拡張したものです。各写真は、長い年月にわたって結ばれたり解かれたりしてきた布の束を個別に捉えており、その姿はまるで人々の顔のように風化した魅力を持っています。シンの写真は、見る者にゆっくりと注意深く観察する過程を誘い、未知の秘密を秘めた布の束の内側へと誘います。
Dayanita Singh: File Room
- 特徴:
『File Room』は、ダヤニータ・シンがインドのアーカイブの秘密の生活を記録した最初の書籍で、2013年にシュタイデルから出版されました。この新しいエディションでは、シンがアーカイブとその管理者たちを撮影した写真が収められています。彼女の写真は、記憶の生成方法や歴史の語り方を探求し、アーカイブの矛盾を明らかにします。分類が無機質である一方で、個々のアーキビストの手作業によって歴史が紡がれていることを示しています。 - 見どころ:
シンの写真は、現代のインドが加速する中でアーカイブがどのように変わるかを問いかけています。アーカイブは、正統な事実の器であると同時に、無視された詳細や忘れられた文書の宝庫でもあります。シンは、アーカイブを単なる学問の記録ではなく、知識の記念碑として想像するよう促します。その無秩序ながらも美しい姿は、見る者に強い印象を与えます。個々のアーキビストの手作業によって生まれるアーカイブの魅力と、隠された歴史の一端を垣間見ることができます。
Dayanita Singh: Work in Process
- 特徴:
『Work in Process』は、ダヤニータ・シンがインドの労働環境を探求した瞑想的で時にはメランコリックな作品です。本書はシンのアーカイブから選ばれた3つのビジュアルチャプターで構成されており、労働というテーマを中心に再編集されています。最初のシリーズ「Museum of Machines」は、工場設備の白黒写真を展示し、汚れていても威厳のある機械を描いています。 - 見どころ:
「Museum of Machines」では、機械の存在感が際立ち、人間の姿がほとんど見られない中で、機械そのものが物語を語ります。「Blue Book」は、シンがさまよう中で偶然に撮影した工業風景のカラー写真で、労働現場に対する詩的な批判を表現しています。最後の「Go Away Closer」は再び白黒写真に戻り、倉庫に並ぶ無数のスクーターや店の魅力的な雑然とした様子を描き、写真の「音と感情」に基づいて編集されたシリーズです。各チャプターは、それぞれの労働環境の特異性と美しさを静かに伝えています。
若い世代への影響と国際的な貢献
ダヤニータ・シンは、若い世代の写真家に対して大きな影響を与えており、その影響はインド国内外に広がっています。彼女の作品は、物理的なアーカイブの重要性を再認識させるとともに、写真集と展示の境界を曖昧にすることで、写真芸術の新たな地平を開拓しました。特に、長年のコラボレーターである出版社のゲルハルト・シュタイデルとの関係は、シンの作品を広く普及させる上で重要な役割を果たしています。彼女の作品は、従来の写真の受容方法を再考させ、触れ、見て、読むべきオブジェとしての初期体験を提供しています。