深瀬昌久という存在
深瀬昌久(ふかせ まさひさ、1934-2012)は、日本の写真史において独自のポジションを確立した写真家です。北海道出身で、日本大学芸術学部写真学科を卒業後、日本デザインセンターや河出書房新社での勤務を経て1968年に独立。自身の私生活と深く向き合うことで、後に「私写真」と呼ばれる表現スタイルを開拓しました。彼の作品は、日常の風景や家族、特に妻・洋子を被写体に、愛ある眼差しとユーモラスな軽やかさをもって捉えたことで知られています。
深瀬昌久の軌跡
深瀬の業績は、1960年代から1990年代初頭にかけての豊富な作品群によって形作られています。代表作には〈遊戯〉、〈洋子〉、〈烏(鴉)〉、〈家族〉、〈サスケ〉などがあります。特に〈遊戯〉は、生と死、出会いと別れの日常を捉えた作品で、『カメラ毎日』編集者の山岸章二により彼の初めての写真集として出版されたことが彼のキャリアの大きなターニングポイントとなりました。1974年には、ニューヨーク近代美術館で開催された「New Japanese Photography」に作品を出品し、国際的にも認知されるようになりました。
深瀬昌久の写真技術
深瀬昌久の写真技術は、彼独自の視点と感性に支えられています。彼の作品は、被写体への深い愛情と、それを捉える繊細な技術によって際立っています。故郷の北海道中川郡美深町で撮影した〈家族〉シリーズや、北海道各地で撮影された〈烏(鴉)〉シリーズでは、日本の原風景とそこに息づく生命を捉えた深瀬の技術が光ります。彼の作品には、普遍的な美しさと同時に、日常の一瞬一瞬を大切にする心が映し出されています。
おすすめの写真集
MASAHISA FUKASE
- 特徴:写真集『MASAHISA FUKASE』の魅力
『MASAHISA FUKASE』は、深瀬昌久の40年間にわたる写真家人生を総括する待望の集大成です。本書は、北海道の写真館の家系に生まれた深瀬が、私性と遊戯をテーマに追求した多彩な写真表現を豊富な手法で展開したことを初めて体系的に示します。416ページ、全26章にわたり、彼の作品ひとつひとつを時系列順に整理し、撮影後記や手記からその制作意図や背景を紐解くことで、謎に満ちたこの写真家の全貌を明らかにしています。これまで断片的にしか知られていなかった深瀬の作品群が、一つの軌跡として読者の前に展開されます。 - 見どころ:『MASAHISA FUKASE』の核心
『MASAHISA FUKASE』の最大の見どころは、深瀬昌久が生涯を通じてカメラの先で見つめ続けた「私性」と「遊戯」の世界が、全作品を通じて緻密に探求されている点にあります。特に「豚を殺せ」や「カラー・アプローチ」、「松原団地と新宿」、「遊戯-A PLAY-」など、各章が彼の写真家としての成長と探究心を如実に示しています。さらに、彼の代表作「鴉」をはじめとする烏シリーズや、家族への深い愛情と葛藤を描いた「家族・I」など、深瀬の内面とその表現の変遷を追うことができます。巻末に付された年譜や主な雑誌寄稿は、深瀬昌久の足跡をより深く理解するための貴重な情報源となっており、写真集自体が写真表現の豊かさとその凄みを未来に伝えるための大冊として位置づけられています。
深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ
- 特徴:深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ
深瀬昌久の30年にわたる写真家人生を集約した『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』は、彼の写真における独自の世界観を体感できる貴重な集大成です。この展覧会カタログは、深瀬が私生活を題材に、自己の内面と向き合いながら撮影した「私写真」のジャンルを切り拓いたことを示しています。彼の作品には、日常の中の狂気と愛、ユーモラスな軽やかさが同居しており、これらの要素が深瀬作品を特別で唯一無二のものにしています。『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』では、これらの特色を、彼の代表作「遊戯」「洋子」「烏(鴉)」「家族」などを通して、読者に伝えます。 - 見どころ:深瀬昌久の世界に深く潜る
このレトロスペクティブの最大の見どころは、深瀬昌久がどれだけ自分を作品に反映させ、その中にどれだけ深く入っていけるかという探求心です。彼の言葉にもあるように、「ファインダーをのぞく行為自体が肉化したものでありたい」という思いが込められています。深瀬の作品は、ただの被写体の捉え方ではなく、彼自身の存在との深い関わり合い、自由自在な写真の使い方を目指した試みの結晶です。『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』を通じて、彼の作品群を時系列で追いながら、深瀬昌久という写真家がカメラを通して何を見つめ、どう自己表現を試みたのかを深く掘り下げることができます。
サスケ
- 特徴:『サスケ』深瀬昌久の猫への愛
『サスケ』は、深瀬昌久が生涯にわたって愛し続けた猫たち、特にサスケとその妹分モモエを主人公とした写真集です。この写真集は、猫写真というジャンルを超えて、深瀬の豊かな写真表現の核となる作品を新たに集成した決定版と位置付けられています。写真選びから編集に至るまで新たに行われたこの作業は、深瀬の写真世界における猫の存在とその表現を、これまでにない深さで探求しています。『サスケ』を通じて、視覚と触覚を融合させた独自の知覚や、主客未分の純粋経験が解き明かされ、深瀬昌久の作品世界への理解を深める鍵となります。 - 見どころ:深瀬昌久の『サスケ』に見る「自写像」
『サスケ』の最大の見どころは、深瀬昌久が「猫眼の高さで腹這いになって」撮影した、サスケとモモエの写真群です。深瀬自身が「猫になってしまった」と表現するほど、彼は猫との日々を共有し、その瞳を通じて世界を捉えました。この写真集は、ただの猫写真ではなく、猫の視点を通して深瀬自身の内面を映し出した「自写像」としての意味合いも持ちます。巻末に収められたトモ コスガによるテキスト「愛という名の純粋経験」は、深瀬昌久の写真表現と彼が猫たちに対して抱いた深い愛情を理解する上で貴重な資料となっています。『サスケ』は、深瀬昌久の写真世界への愛と探究心を感じさせる作品集です。
深瀬昌久の遺したもの
深瀬昌久は、写真家・高梨豊、森山大道といった同時代の写真家たち、さらに師弟関係にあった瀬戸正人といった多くのアーティストや出版社、写真美術館と深い関係を築き、写真界に大きな影響を与えました。彼の作品は、個人の私生活を深く掘り下げることで、見る者に対して新たな視点を提供し、写真における表現の幅を広げました。特に、深瀬の親交のあった写真家たちとの交流は、彼らの作品にも影響を及ぼし、相互に刺激し合う関係があったことは明らかです。東京都写真美術館や日本大学芸術学部などが彼の作品を収蔵し、展示することで、彼の芸術性と影響力が後世に伝えられています。深瀬昌久の作品は、写真を通じて人間とは何か、生きるとは何かを問い続ける、永遠のテーマを提供してくれます。彼の写真界への貢献は、単なる作品の展示を超え、後進の写真家たちに対する深い影響となっています。